ダイエット挑戦日記②

いいわけ…

いいわけします!挑戦日記①から約2週間くらい間が空いてしまっておりました。決して意識が低くなったわけではないんです。時間が取れなったんですよ。(みんな同じだろ!)体重はキープしてます。ただ何もできていないんです。

というわけで始まりました。今回の記事はダイエット挑戦を決意した40歳男が早くもスケジュールをこなせていない言い訳記事となっています。暇つぶしにお読みください。

できなかった要因分析…すべてコロナのせいだ!

なぜにスケジュールが固い意志をもってしてもできなったというと家庭内で大きなイベントと勃発しました。そうコロナという世界的ブームを巻き起こしたあのウィルスがついに我が家族に襲いかかってきたのです!つい最近5類に移行して治まったかと思われた矢先にやつが来ました。コロ助めぇー!

家庭内パンデミック…

まず最初に襲われたのが妻でした。買い物にいっているはずが、突然のLINEメッセージ「朝から熱っぽくて、いま病院にいる。遅くなるね」とのこと。子供と帰りを二人でまっていると帰ってきた矢先に「PCR検査を受けてきた」とさらっと衝撃発言です。熱が妻には珍しく39度あるとのこと。高熱だー!検査結果はQRコードで夕方に自分で確認するとのことです。さぁ、運命の夕方です。結論を聞こう…

「陽性だった…」ブームの時にも乗り切った家族内で激震が走ります。私と小学1年生の子供は濃厚接触者ではないですか!急いで行政の方針と、自分の会社の規定を確認する。5類になっていたので基本はインフルエンザと一緒でした。濃厚接触者であろうがもう世間はお構いなし。通学OK、私も出社OKでした。ただ私はその週に会社として大きなイベント社員総会となったので多くの集団が集まる想定、本当に大丈夫?と考えて念のため上司に確認すると「くるな!」以上でした。ですよねぇ⤴(苦笑)

その日は妻とは離れて寝ることにしました。子供は寂しそう。そしていつも空気を読まないでガンガン妻に甘える子供は察しているのか静かに過ごす。ピンチは人を成長させるんですね…リビングで私と子供二人で就寝しました。翌日は日曜日。妻が家の中で過ごしやすいように、私と子供は外に出ます。濃厚接触者はもう行政の指導は自粛しない方針ですからね。外に遊びに行ったはいいが、子供にいつも元気がない。妻を心配しているのか…普段と寝るところが変化したためよく寝れていなかったのか定かではないがやけに眠そう。早々に切り上げて家に戻りその日は過ごしました。

翌朝の月曜日…次の魔の手が…

日曜日も妻と別れて就寝しました。異変が起きたのは翌朝、月曜日の早朝5時です。子供が急に立ち上がり一言「気持ちわるい…」、私はトイレに行くよう促しますと、トイでゲェーっとしました。学校の登校まで時間があったのでうがいをしてもうしばらく横になっていることを進めますが1時間後…再び「気持ちわるい」とトイレでゲェーです。不安なのか寝れていないのか迷いましたが、学校を休む癖をつけたくなかったのでとりあえず学校の身支度をします。しかし着替えを手伝いに子供の横に立つと「熱い!」明らかにいつもの体温ではないのがすぐわかりました。体温計をとり熱をはかります。38度9分でした。「アウトー」と思わず言ってしまい、寝込んでいる妻に共有報告します。学校を休むことは決定です。いつも一緒に投稿しているお友達に直接会うことはできないと考えたため、妻が知っているママ友LINEでお友達に休む旨を伝達。学校には私から電話しました。

まだコロナと決まったわけではない。勝負はこれからである。そんな気持ちで病院を探しますが、発熱外来をしている小児科の少なさに唖然とします。見つけても予約が取れない…絶望です。見つからないついでにいろいろ調べていると発熱から12時間くらいたっていないとキチンと陽性陰性が判断できないとのこと。この情報がカギとなり症状を見ながら夕方の予約時間を探します。予約がとれたー!

嘔吐も激しかったせいか、子供は食事が取れていません。水分はとってほしかったのでポカリスエットやグリーンダカラを飲ませます。しかし…「まずい」とのことであまり進まない様子。脱水症状が怖かったので少量でもよいので飲むことを説得しました。わが子は甘いものが嫌いなので基本的に牛乳か麦茶しか飲みません。困ったものだ…

空腹であったのでしょうが、そもそもぐったりさんだったのでおとなしい。目がうつろ。そんなか12時間たっていざ病院へ参る。外の廊下で呼ばれるまで待ち、いよいよ検査です。結果は…はいーやっぱり陽性です。妻が発症して二日後に子供も発症となりました。

わが息子

仕事に育児に看病に炊事洗濯のフル回転!

動けるのは私だけ、冷蔵庫に食品がないよ!買い物へGO!久しぶりに1人で買い物、ここ数年は妻に任せていたせいか値段の感覚が追い付かない。すごいですね。想像以上に物価が上がっている。何気なく食べていて、そして必ず棚に補充されているポテチの値段、冷凍室に買いだめしてあらる箱アイス。そりゃ家計簿の食費上がるよね…と実感しつつ食べたいものを買い物です。特に子供は食欲があまりないのでとりあえず食べられるものをしっかり食べさせる!毎日何かしらの食材が切れてしまい夕方の仕事終わりに毎日買い物です。在宅勤務でよかったです。

たまっていく洗濯物も妻が手を出すことを静止する。「触るでない!」食器も流しにたまる。「俺がやる!」ごみ捨ても曜日を確認して「ゴミ出してくるね!」のフル回転です。だんだんとこの生活に私自身も疲れてきたせいか、かなり雑になってしまいます。そんな私を見て、私の感染を恐れる妻は「あきらめないで!」の真矢みきのセリフ!

夜中と早朝は全員寝静まったあとに、会社のメールと期限物のタスクをこなす私。頑張っていることの充実感も沸いてきましたよ(笑)

そしてついに…

妻が回復し熱が下がりました。そして後から発症した子供は妻よりも早く熱が下がり回復。外に出れないストレスなのか妻にわがまま。そして喧嘩、( ノД`)シクシク…学校に行けなかったこと、習い事の公文にも行けなかったのですが家のポストに課題がどっさり。鬼ですね。先生方…。子供の学習が遅れる心配もあったのでコツコツと後半は消化しましたが、やはりまだ1年生、切替が遅くダラダラ始まらない。気分を整えてスタートすると終わるの早いのにと思いながらもストレスもあるせいか泣き出す。頑張れ!

会社や家族の焦点は私自身がコロナに発症するかどうか…。子供を病院に連れて行ったときも看護師さんから「お父さん!逃げ切ってください!頑張ってください!」熱い激励を頂き、会社の上司からも「ここで看病しっかりしないと、一生いわれるよ」とプレッシャーです。

私はなぜか、発症しない自身があり返す言葉は「逆に私1人コロナから逃げ切って、一生言いますよ!」の強気の精神で、乗り切ることができました。発症していません!

こんな感じで1週間を過ごすことになりダイエットは全く意識できなかったのです。許してください。以上、ダイエット記事の癖に、コロナ感染の実況記事になりました。

みなさん、まだまだコロナは油断できませんね。体調管理など注意していきましょう。

大学時代は新聞奨学生!苦労人?

 私は大学を親元離れて通っています。これを話すと驚く方が多いのですが親から一銭も学費を出してもらうことができず自費で4年生大学に通い卒業しています。(心の声としては「すごいだろー!」「ほめて!ほめて!」です)

 ちなみに生活費も自費ですよ。どのように通ったかというと「新聞奨学生制度」という制度を利用して通ったのです。皆さん知らないですよね…そんな制度は…

ちなみに、この制度を利用すると学費4年分を全額を所属の新聞配達事務所より支払ってもらえます。そして別途、月額12万円程度の給料と年2回10万円程度の賞与がでました。さらにアパート家賃が無料という状況!これだけ聞くとみんな「やりたい」と必ず言ってきましたよ。しかし甘くない!

朝は2:30に起床ですよ!

 やることは新聞配達ですよ。おそらく今、この記事を読んでくださる方の大半が想像している生活です。朝起きるのは午前2時30分です。(それは朝と呼ぶのか?)配る部数は200部前後です。朝刊なんでチラシ折込です。自転車に乗り切んないです。ちなみにバイクでの配達ではなく自転車ですよ!坂道なんのその、台風上等、雪でも配る毎日です。元旦のチラシは厚すぎて、お客さんの家のポスト破壊してしまいました。だって入んないんだもん。プロ野球の優勝決定付近のは「早く優勝きまれよ!」の祈祷です。優勝セールのチラシを臨時で入れなくてはならなくて大変なんですよ。延長入ってしまうと平気で22時頃試合が終わるので、起きてなきゃいけない、遊びにいけないの拘束ですよ。あれは・・・・ちなみに朝は起きなきゃいけないプレッシャーで40歳になった今でも、トラックが荷台を開ける音やシャッターを開ける音で目が覚める癖がついていますし、その当時の夢を見ることもあります。すげぇな…

気になる寮は…

住込みなので住処である寮はというと…都心のど真ん中の部屋であろうかというくらいボロボロの四畳半です。エアコンなし!風呂なし!トイレ共同!洗面スペースも共同!キッチンなし!すげぇな…シャワーや洗濯機は共同であったのですが、所長と言われる販売店の長が睨みを聞かせて使わせない!ひどい…なので銭湯やコインランドリーにいくのは当たりまえでしたよ。そして何より人間が悪い…。新聞配達をしている人間のイメージってどうですかね?あんまりよくないですよね?私のように学生もいるのですが悪い大人もいるんです。新聞配達は住込みで働ける、そして特に面接もしない、そして住所変更もしない状態でした。つまりは悪いことした人のたまり場になってしまうんですよね。借金とりから逃げ回っている人、酒好きギャンブルの遊び人、いけない薬をしている人もいましたよ。すげぇな…

お金はたまりやすいので人に言えない背景の人が一念発起で入店するのですが、最短3日でトンだ大人を見ております。(この最短記録者はなんでも大学駅伝部の経験者であったそうですが…)

灼熱、激闘の夕刊配達

14時30分くらいになると夕刊配達です。夕刊が印刷されて販売所に到着するまでに翌日の朝刊に織り込むチラシを準備して待ちます。このセット組を当番制で回すのですが機械で行うものの下手な奴がセットするとまぁ大変。針でひっかけてチラシセットとつくるのでボロボロ。うまくできていないとダブっているチラシを抜き取る作業が発生。もういやでした。夕刊の部数は朝刊と比較して少なくなります。自分は150部くらいでした。朝刊と比べ楽なんけど時間帯がやばいです。正直朝のほうが楽です。まず夕刊の時間帯は人間が普通に活動している時間帯です。はっきり言いて歩行者が邪魔です。私は昭和女子大学がある近辺が配達担当であったのですが下校時刻と重なり国道246号逆走しないと前に進めない事態です。たまに警察の方に注意されましたが、こっちなんとかならないですか?というと苦笑い。みんなでやればなんちゃらって本当でしたね。そして夏はさらに地獄ですよ。テレビなので「激しい運動は控えてください」って言っているそばから、自転車をストップ&ゴーの繰り返しでダッシュを繰り返す。もう汗だくですよ。ちなみに1年目は激しすぎて体重が激落ちです。伸長170㎝の男が50㎏を切りました。当時のボクシング亀田三兄弟の長男、亀田興毅選手と一緒でしたね。すげぇな…

憂鬱な月末月初…集金期間

配達以外にも業務があって、集金業務も行っていました。「振込がほとんどなんで」と言われた面談の時の言葉「嘘だぁー!!」80%くらい集金でした。理由は都会の人達はケチなのかサービス品のチケットや洗剤をせびるせびる…振込にしてしまうとこのもらうチャンスを逃すことをしっているので契約も3か月と短く、贔屓にしている新聞がなければ3か月ごとに新聞を切り替える家も多かったです。ただこのサービス品、私がしっている限りでは販売所が購入してお客さんに配っています。なので店の財力がなければ、もうチンケです。行政区画によって販売所のエリアも変わるので財力のある店とない店の境目がもう要求がひどい。ちなみに私はもちろん財力ないほうでしたよ。もっているもの全部見せたこともあります。信用してくれないので。あと金払いの悪い「チンピラ」本筋のヤクザさんよりたちが悪いです。ヤクザさんは一般人には基本、丁寧で金払いはすごくよいです。ひどいのは「チンピラ」酒臭い、威張る、暴言をはくなどおかしい人です。何事も中途半端な人は虚勢をはってしまうんですね…

こんな苦行の集金業務も一軒一軒回る作業。ただ家にいる時間帯は限られているため短期勝負でした。配っている区域が団地、マンションだったので基本的に昼間は人がいない家が多く、夜が勝負だったですね。一軒家が多い地域だと、裕福なのか昼間でも人がいて集金がしやすいのですが、私の担当区域は地獄でしたよ。

耐えた者たち…そして伝説へ…

こんな生活を大学4年間貫きとおしました。おかげ様で彼女なし、清らかな体で学生を終えました。そして1年生の新聞奨学生入社式にいたメンバー4年通した鍛え抜かれた人間は私が所属した会社だと11名と削り取られておりました。最初は何人いたのか覚えていないのですが400名くらいいた記憶です。なんで11名と分かったのかというと、4年目に新聞社が負担するご褒美旅行あるんですね。旅行先はオーストラリアです。お小遣いも5万円くらいでた記憶があります。その参加者11名だったんです。すげぇな…

こんあ感じで4年生大学を卒業しました。配達で階段をダッシュしすぎて膝を負傷しましたがそのほかは健康です!ただ、あまり勉強できなかったことと、就活に乗り遅れた自分は公認会計士を目指すべく、この後専門学校に通うことになります。

この時期に身に着けたスキルは…そうでね…天気を読むこと!ですかね。夕立や台風のひどい時間帯を避けるために必死で天気図を見てました。風向き、雲の流れからあと、どれ位でひどくなるかとかを素人ながら読んでいたら大体は当たるようになっていたんですね。毎日みることの大切さと、習慣の恐ろしさですね…すげぇな…

こうやって振り返るといろんな経験しておりますね。自分で思います。公認会計士を目指す専門学校編はまた後日、記事にさせて頂きます。では、また次回まで…